どのように見るか?

みるとき、どのように見るか?

本当に大事です。

一つのことに集中することも大事ですが、

その事に固執するあまり、その事にとらわれてしまうことがありますよね。

ものごとを何か成したいと思った時、

様々な視点から、様々な問題点があがりますよね。

それを割り振って、それぞれに問題を解決してもらうと早いですよね。

その時、割り振る人がどの様に割り振るのか?

大事ではないですか?

問題にも大きいことと小さいこと。

急ぐべきこと、急がなくてもいいこと。

ありますよね。

割り振られた方が全体を見ない人なら、取りあえず、任されたことを

急いで、解決しようと努力するのではないでしょうか?

その時、他の問題を割り振られた人も任されたことを優先的にしようとがんばろうとしたとします。

もし、この二人が任された問題を解決するために、必要なこと(あるいは必要なモノ)が・・・

同じ場所にある場合、互いに同じモノが必要な場合、お互い、任されたことを解決しようとしますよね。

互いに譲ることも、優先順位がなにか?もわからないなら、どうなるでしょうか?

結局、時間がかかるようになるのではないでしょうか?

だからこそ、問題を割り振る人は大事ですね。

意味と目的を理解してもらったうえで割り振るならば問題もおきないのではないでしょうか?

また、何よりも

任された人も大事ですよね。

ただ単に言われたことだけを行なうだけなら、どうでしょうか?

もったいなく無いですか?

みずから、全体を見るように努力が必要でしょうし、

大きく考えることができてこそ、大きな働きができますよね。

その様な人には、さらに任せるのではないでしょうか?

自分自身が主体的になって動くことが大事です。

ただ、自分本位にならないことが重要です。せっかく、動いたとしても・・・

それが良かったかどうか?はそれを頼んだ人が判断しますよね。

神様が

<考え>が大きくあってこそ「大きい働き」をする。

と教えてくださいました。

みなさんも天の働きをしてみませんか?

 

 

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