視野は広いのか狭いのか

賢い人って、頭の回転が速いですよね!

いつの間に考えたのか?

と思いますし、様々な状況を考えて、未然に問題点をあげたり、

視野が広かったりしますよね。

そして、知っていること。そして、知っていることから類推して、

物事を考えたりすることができますよね。

でも、人によっては、類推することもなく、知っている情報が少なすぎて、

見えている範囲、自分が知っている範囲でしか判断できないため、

良かれと思って、考えて、判断したとしても、

視野が狭くなっているから、誤解を与えたりする場合もあります。

かと言って、情報を与えすぎると処理できないから、あまり伝えれない場合もありますし、

人それぞれ、処理することができる範囲が違うため、伝えかたも難しいから

伝えるにしても、伝えないにしても、そのさじ加減が難しいですよね。

神様は一人一人を愛してくださっているから、それぞれにふさわしく働きかけてくださっています。

しかし、その一人は自分自身の考えにとらわて、誤解したりする場合がありますよね。

人を育てることは本当に難しいです。

何かを教えるにしても、詰め込んだら、その時は近くでサポートできるから・・・

ある意味、教えてもらっている人は、教えてもらったことで判断することなく、

教えている人の表情や考えを読み取って、判断している場合もありますし、

身近で困っていたら、教えている方は助けることができるから、

ある程度、できたから大丈夫だろうと判断する場合もあります。

実際に一人の時には、それができなかったりする場合があります。

本人はわかったつもりでも、自分の言葉として、相手に伝えようとした時、それが難しいのです。

自分の言葉にすることは本当に難しいです。

そのため、考えがとても重要なのです。

考えも

ぼんやりではダメですよね。鋭くハッキリがいいです。

最初は難しい場合でもくり返すことで、だんだんと自分のものになり、明瞭になってきます。

考えるということは現在だけのことを考えるのではなく、

将来のことなど、様々な面で考えることが重要ではないかと個人的に思います。

人は思いもしないことがおこったとき、

自分では冷静なつもりでも、実際は冷静ではありません。

その時、どれだけ、様々なことを想定していたのか?

また、他に、そのような経験を重ねてきた分、

そこから、条件反射のような感じで動いたりしているのではないかと思います。

みなさん。

視野を広くしてみてください。

そして、考えを鋭く研ぎすませてください。

例えば、遠くのものを見たい時、どのように見ますか?

まず、見たいもの、方向を確認しますよね。

そして、その方向、見たいものの方向を見て、双眼鏡をのぞくのではないでしょうか?

御言葉は皆さんに様々な考えが学べ、視野を広くすることができます。

特に、神様、聖霊様、御子の考え、御心を教えてくださいます。

だからこそ、貴重なのではないでしょうか?

みなさんも、御言葉を学んだときにそのことがわかると思います。

 

 

 

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